11.03.08
フランクフルト・ブックフェア(1)
遅ればせながらの報告ですが、10月15〜18日、世界最大の国際ブックフェア、Frankfurt Buchmesseに高野とデビッドで参加してきました。国際ブックフェアは、ロンドン、アメリカ(ニューヨークなど)、フランクフルトが三大開催地で、中でもフランクフルトが最大規模。活版印刷の父グーテンベルクを生んだドイツは、出版業の盛んな国なのです。
ブックフェアでは、世界中の出版社が集まって本を展示し、これから発行する新刊の情報を発表し、版権(他国での翻訳出版権など)の取引のための商談をします。大抵、4日か5日の日程で開催され、平日は出版社間の商談が行われますが、土日には一般客にも公開され、本の廉価販売や、著者のサイン会などのさまざまなイベントが行われます。
僕たちは海外で出されている本の翻訳出版権を買うバイヤーとして参加。日本で売れそうな良い本を探してくるのが主な目的です。英治出版で出している本のうち半分くらいが翻訳書。海外で出されている膨大な数の本の中からおもしろそうなものを探し出す、ブックフェアはそんな宝探しのようなイベントです。以下4回にわたりブックフェアの模様や見聞きしたこと考えたことを報告します。
10月15日。フランクフルト・ブックフェアの初日。6時に起きて、朝が苦手というデビッドの部屋のドアをがんがん叩いて起こし、身支度を整えてホテルのビュッフェで朝食。滞在したホテルMotel One Niederradの朝食は簡単なものだったが味が良く、特にコーヒーがおいしかった。「おいしいねえ!」デビッドは朝から嬉しそうだ。
食事しながら今日のミーティングの計画を話し合う。デビッドはもちろんブックフェア初参加だし、出版ビジネスのこともまだよくわかっていない。そもそも、社会人一年目だ。そこで彼に課した第一の課題は「とにかく、多くの海外の出版社の人たちと話して、仲良くなれ」。
これは重要なことで、相手先との関係を、通り一遍のものでなくフレンドリーなものにすることは、ブックフェア後のやり取りや交渉そのもの、得られる情報の量やスピード、またこちらの細かな要望に応えてもらう、といった点に大きく影響する。英語力不足の私と違ってデビッドは仕事以外の話題もいろいろできるはず、それを活かしてもらおう。
会場へはバスと電車を乗り継いで行く。ホテル付近のバス停で路線を確認していると、ベンチに座っていた青い目の女性が「ブックフェアに行くの?」と話しかけてきた。ドイツの小さな出版社に勤めている人で、同じくフェアに行くところ。名前はカーメン。
彼女のおかげで迷わずにすんで助かった。なにしろドイツの電車の駅には改札がない。話によると、切符を買うことにはなっているが、改札が無いので誰でも乗れてしまう。ただしときどき車掌が見回りにきて、切符を持っていないと罰金を払わされるのだという。「買ったほうが良いんだろうね?」「たぶん・・・」ということで、自販機で切符を買った。とはいえ、滞在中に車掌の確認を受けたことは1回しかなかったから、無賃乗車は横行しているに違いない(と思ったのだが後で聞いた話では、ドイツ人はまじめ&罰金が高額なので皆だいたいきちんと払っているらしい)。
カーメンの勤める出版社はカルチュラル・スタディーズの分野で専門性の高い雑誌や調査報告書などを出している会社で、フェアにも小さなブースを出しているという。デビッドが、うちで日本版を出しているC・K・プラハラードのThe Fortune at the Bottom of the Pyramid(『ネクストマーケット』)の話をした。思い返すとP&Gとジョンソン・アンド・ジョンソンを間違えて話していたけど、カーメンは「興味深い話ね」とうなずいていた。
9時頃、会場のMesse Frankfurtに入ると入口は既に大勢の人でごった返していた。カーメンの会社のブースにも行くよ、と告げて別れて、チケットの購入窓口へ。5日分のチケットには期間内の市内公共交通機関のフリーパスも付いていて便利だ。と、窓口のおばさんがミスをして、僕とデビッドの2人分のチケットを、なぜか1枚のチケットにまとめてプリントしてしまった(まとめてお金を払ったから間違えたらしい)。
「こっちに来て」と言われて奥の部屋に案内され、そこで事情を説明してから、おばさんはチケットをハサミで半分にカット。「これで通れるわ」。いいのか、そんなことで・・・。外で不安げに待っていたデビッドにその片割れを渡してゲートに向かうと、やっぱり引っかかった。受付係が不審げに我々を見る。「あのおばさんが・・・」と指さして事情を話し、レシートを見せて2人分の料金を払っていることを示して通れたものの、このやり取りを以後4日間繰り返すこととなった。

会場は全部で6つの建物、合計13のフロアにわたって開催されている。とにかく広い。僕たちにとってのメイン会場となる、主に英語圏一般書の出版社が集う「Hall 8.0」だけでも30,000?屬旅?さがあり、東京国際ブックフェアの会場より広い。そうそう、東京国際ブックフェアというものが、毎年7月に地味に開催されているのだ。会場は東京ビッグサイト。ここの10ホールの合計が80,000?屐陛豕餾櫂屮奪?フェアは3ホールくらいで開催)だから、フランクフルト・ブックフェアの巨大さがわかると思う。敷地内には建物の間を結ぶバスが運行し、フロア内にも外にもカフェやレストランが多数構えられている。

そしてもちろん、フロアは世界中からやってきた出版社のブースでいっぱいだ。各社のブースには本棚に書籍が並び、それに囲まれるようにしてミーティング用のテーブルが配置されている。最新刊のポスターや、来場者のためのグッズを置いているところもある。ブースのデザインも東京国際ブックフェアの貧相なものとは違って、各社それぞれの個性があって色とりどり、それを眺めて回るだけでも楽しいだろう。海外の国際ブックフェアに来るのはこれが3回目だが、毎回わくわくする。

同行のデビッドはと見ると、「人が多いねえ」とつぶやいてはいたが至って冷静な表情で、しかもカフェを指さして「ミーティングまで時間があるから、あそこでコーヒーでも飲まない?」と、新入社員とは思えない発言を。朝食時のコーヒーがおいしいと言って2杯飲んでいたはずだが・・・。以後の滞在期間にわたって僕はデビッドのコーヒー好きを思い知らされることになるのだが、それはともかく、ここはデビッドの希望に沿ってコーヒーを飲み、ミーティングの手順などを再確認した。案外、彼は緊張していたのかもしれない。
最初の相手はBrookings Institution Press。その名の通りブルッキングス研究所の出版部。ブルッキングス研究所は、米民主党に少なからぬ影響力を持つ有力シンクタンクだ。ここではその研究成果などを発表している。折しも米大統領選が佳境に差し掛かっている時期、オバマ勝利の期待とも相まって同社の版権にも期待していた。
新刊や今後の予定タイトルを中心に話をした。おもしろそうな本がいっぱいだが、もちろん内容をよく吟味した上でなければ版権は買えない。どの本でもそうだが特にこの手の本、つまり政治的・社会的な主張を含む本は、その妥当性や日本市場への適合性をじっくり考える必要がある。
日本の出版業界は総じて不況で過剰供給、毎年いくつもの出版社が潰れるし、競争は極めて激しい。闇雲に出すわけにはいかない上、見極める目もスピードも要される。有利に取引するためには相手先との関係構築も重要だし、こちらの関心事と熱意を伝えればそれに合うものを版権の山の中から探してくれたりもする。一回一回のミーティングが真剣勝負だ。・・・と、このブログは会社の人も見ているから、決して単にお祭り気分だけではないことを一応断っておこう。
デビッドの存在は最初から役に立った。事前にアポイントを取った段階では私の名前しか伝えていなかったため、日本の出版社の人間としてアメリカ人が現れる物珍しさの持つインパクトは大きかったようだ。ブルッキングスの中年男性は、握手してすぐに「君は日本で働いているのか?」と問いかけた。そういう話題ですぐに打ち解けられるのだ。もちろん、意味不明なことを言われたときの通訳にもなる。
次いでミーティングしたのはHarvard Business School Pressで、名門ハーバード・ビジネススクールの出版会。ここで版権担当をしていたデイジーはつい先日、他社に転職したという知らせがあった。デイジーに初めて会ったのは2年前の冬、彼女が東京を訪れたときのことだった。私の英語の下手さに呆れたに違いないけど、以後何度もメールのやり取りをして、ロンドンでも一度会い、親切にしてくれていた。いなくなって残念だが、後任のトッドも気さくで良い人だった。
昼食は日本の同業他社の人と一緒にとった。海外に来てわざわざ日本人同士で固まるのも何だけど、日ごろ出版人たちの集まりに行くことがない私にとって、この世界に足を踏み入れたばかりのデビッドにとっても良い機会だ。なんだかよくわからない料理を食べながら、今後の業界の動向などについて話した。勉強になった。
午後も順調にミーティングをこなしてこの日は終了。一日を首尾よく終えてデビッドも上機嫌。夜は版権エージェントのSさんと3人で、なぜか韓国料理を食べた。版権エージェントの人は、ブックフェア中は朝から晩まで昼食もろくにとれない超過密スケジュールで海外各社に会っている。こういう場での情報交換も大事だ。
