3月11日に向けて②――「ないものを与える」よりも、「あるものを引き出す」

 「持っているもの」から始める

 

2011年3月11日の東日本大震災によって、たくさんのものが失われました。
同時に、被災地の復興に向けた数多くの支援活動も立ち上がり、継続しています。

「支援」というと、「そこにないものを与える」というイメージが強い方もいるかもしれません。

しかし、世界各地で、そして東北の地でも「社会変革ファシリテーター」として活躍するボブ・スティルガーさんはこう言います。

持っていないものを求めず、持っているものから始める

現地の人たちがすでに持っているものを活かすものとして、ボブさんが大切にしている手段が「対話」です。
現地の方々と支援者が、あるいは現地の方々同士が、深く敬意のこもった対話をし、コミュニティを蘇らせていくことで、自立的な変化を起こしていくのです。

ボブ写真

※EIJI PRESS Labで開催した、ボブさんの対話イベントの様子

次に紹介するのは、ボブさんの著書『未来が見えなくなったとき、僕たちは何を語ればいいのだろう』の中に出てくる変化の事例です。

 

 

「もはや支援は必要ない」

 

これは、岩手県山田町大沢地区で起きた物語です。

大沢地区は、津波により188世帯が壊滅し、150人が犠牲となった町です。
多くの仮設住宅では、くじ引きで割り当てられた見ず知らずの人たちとの生活を嫌い、そのコミュニティの一員であることに関心を持てないケースが多いそうです。

しかし大沢地区は違いました。
彼らは自助努力で自己組織化し始め、次のように動きました。

・行政を待たない。何かが必要なときにはそれを得るまで行政とかけあう。問題を大きくしない。迅速に関心ある人たちを招き、話をする。
・地域を超えた人間関係を構築する。つながり続ける。
・必要なことは何でもできるだけ速やかに自分たちでする。誰かを待たない。

こうして育まれた対話によってコミュニティが構築され、

・トレーラーのような仮設住宅に、屋根、玄関先、縁側を作る
・ボランティアで地域をパトロールする
・庭を作って自分たちが食べる野菜を育てる

などの変化が次々に起きていきます。

2011年が終わる頃には、一緒に働いてきた支援団体に、彼らはこう言ったそうです。

「もはや支援は必要ない。本当に助けを必要としている所へ行ってください」

 

 

普通の人々の力で社会は変わる

 

変化を起こした「偉人」たちの話に、私たちは励まされてきました。
でも一方で、どこか「特別な人だからやれたこと」だと、自分ごとにならないこともあります。

ボブさんは、この本の中で言います。

これは我々の物語だ。どこにでもいる人たちの物語だから「我々の」物語なのだ。

いたって普通の人々にも、「自分たちがすでに持っているもの」に気づくことで、変化を起こすことができる。
そういう人たちが起こした変化だからこそ、人々を勇気付ける。

そんな「普通の一人ひとり」の力を引き出していくのが、「対話」や「コミュニティ」の力なのではないでしょうか。

社会変革が起きるのは、私たちが自分たちの持っているものに気づいたときである。

普通の人が行うことこそが、とてつもない変化を創ると信じているのだ。多数の人々がほんの少し考え方を変え、かつ一緒に行動を始めるときにこそ、変化が起こる。

 

ボブさんの著書『未来が見えなくなったとき、僕たちは何を語ればいいのだろう』には、彼が現場で出会ってきたストーリーのみならず、大事な人との対話を深めるための問いかけ集「パワフル・クエスチョン」も収録されています。
今でも被災地を訪ね続けるボブさんの想いと知恵に、ぜひ触れてみてください。

末来が見えなく_表紙画像_3.11用

未来が見えなくなったとき、僕たちは何を語ればいいのだろう
著:ボブ・スティルガー

ボブ・スティルガー Bob Stilger
ニュー・ストーリーズ共同代表、社会変革ファシリテーター。1970年に早稲田大学に留学。アメリカで地域開発の仕事に従事した後、CIIS大学院にて博士号取得。2005~2009年ベルカナ研究所共同代表。地域や組織にイノベーションをもたらす対話の場づくりのプロとして、北米、南アフリカ、ジンバブエ、ブラジル、インドなどで活動。2011年の東日本大震災の発災後はたびたび来日し復興のための対話の場づくりに取り組んできた。

 

※2016年1月にボブさんが女川を訪問した際の記録が、こちらの記事にご本人の言葉で綴られています。

女川への旅――しなやかな回復力による地域再生(ボブ・スティルガーさん寄稿)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です