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ボローニャ・ブックフェアに行ってきました

イタリア北部ボローニャで毎年開催される絵本・児童書専門の国際見本市、Bologna Children’s Book Fair。4月4日~7日に行われた今年のフェアを、4日・5日の2日間視察してきました。

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英治出版は主にビジネス書・社会書の出版社。10年前、スリランカの子どもたちを応援するプロジェクトの一環で絵本『南の島の「プルワン」』を出版しましたが、基本的には絵本や児童書は出していません。しかし今回、ふだんの仕事では得がたい刺激を求めて行ってきました。個人的にも子どもに日々絵本を読み聞かせているので興味津々。

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欧州最古の大学もある歴史豊かなまちボローニャ。ブックフェアはここで50年以上の歴史を持っています。絵本・児童書の出版にかかわる会社や作家、イラストレーターなどが世界中から参加します。会場は中央駅から少し北にある広大なコンベンションセンター。

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フランクフルトやロンドンでのブックフェアには何度も参加していますが、ボローニャは会場の様子がちょっと異なります。出版社のブースのほかに、まるで美術館のような展示スペースがいくつもあるのです。

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入り口のすぐ傍には歴代の優れた絵本の原画展が。

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毎年の優秀作品を表彰する「ボローニャ・ラガッツィ賞」の受賞作は正面の通路にショーケースで展示されていました。

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これは縦に開いて読んでいく珍しい絵本。フランスの新人作家の作品です。全部広げると3メートルぐらいの長さになります。おもしろいので子どものお土産に一冊購入。絵だけでも楽しめます。

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これはイラストレーターの方が自分の作品見本や連絡先を貼れる掲示板です。出版社の人は「これは!」というものを見つけると作者に連絡して仕事の相談などができるわけです。テープや画鋲で貼られていますが、絵のカード入りの箱をクギで打ち付ける人もいたりと自由な感じ。

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出版者のブースも児童書ならではの雰囲気のものが多く見られます。上からモビールがぶら下がっていたり、

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絵本そのものがぶら下がっているのにはびっくりしました(これはどうかと思いますが)。

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これはシェークスピアの『ヴェニスの商人』です。文学の名作を美しい絵本にして出すのはよい取り組みだと思います。

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塗り絵の本はいま世界的なブーム。あちこちで見かけました。ストレス解消にいいのだとか。

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こんな飛び出す絵本も! これはブルガリアの作品。もやは絵本には見えません。やり過ぎではと思いましたが(閉じるのが大変そうでした)、物としての本の魅力を考えるうえで、自由な造本の実例はとても刺激的です。

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先述の「ボローニャ・ラガッツィ賞」では今年から新たに「disability」部門が設けられ、障害にかかわる優れた作品が表彰されていました。いわばソーシャルな絵本。これは視覚障害の子どもの世界を描いた中国の作品です。

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全体的に、地元イタリアの出版社が多いのは当然としても、フランクフルトやロンドンのフェアに比べて非英語圏の比率が高い印象を受けました。写真はチェコの本。目にした本の多くが英語以外の言語の作品でした。絵本は言語の壁を超えやすい面もありますね。字のない絵だけの絵本もあります。

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以上、各地の出版社の方や絵本作家の方とお話もでき、楽しい2日間でした。英治出版のこれからの仕事にどう活きるかはわかりませんが、もっと自由に発想して本づくりを楽しんでいけたらと思います。

『3.11 震災は日本を変えたのか』、丸善丸の内本店ノンフィクション第9位!

3月の新刊『3.11 震災は日本を変えたのか』が丸善丸の内本店の週間ランキング、ノンフィクション部門で第9位となりました(3月3日から9日)。

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『3.11 震災は日本を変えたのか』
リチャード・J・サミュエルズ著
2011年の東日本大震災は日本の政治社会に何をもたらしたのか。安全保障、エネルギー、地方自治の3領域におけるナラティブ(物語)の闘いを描き、歴史・国際比較も交えた包括的視座で3.11のインパクトを解き明かす。

『3.11 震災は日本を変えたのか』先行販売開始!

3月8日発売の新刊『3.11 震災は日本を変えたのか』。東京・大阪・神戸の以下5書店で、本日から先行販売が行われます(開始日には若干のずれが生じる可能性があります)。

  • 丸善 丸の内本店
  • ブックファースト 渋谷文化村通り店
  • ジュンク堂書店 池袋本店
  • 紀伊國屋書店 梅田本店
  • ジュンク堂書店 三宮店
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    (写真は丸善丸の内本店1階)
     
    『3.11 震災は日本を変えたのか』
    リチャード・J・サミュエルズ著
    2011年の東日本大震災は日本の政治社会に何をもたらしたのか。安全保障、エネルギー、地方自治の3領域におけるナラティブ(物語)の闘いを描き、歴史・国際比較も交えた包括的視座で3.11のインパクトを解き明かす。
     
     

    女川への旅――しなやかな回復力による地域再生(ボブ・スティルガーさん寄稿)

              東日本大震災から来月で5年が経過します。震災直後から被災者・支援者の対話の場づくりを行ってきた米国人ファシリテーター、ボブ・スティルガーさん(

    『未来が見えなくなったとき、僕たちは何を語ればいいのだろう』

            著者)から、今年1月に宮城県女川町を再訪した際のことを書いた記事を寄稿していただきました。5年を経た被災地で今何が起きているのか。ぜひご一読ください。(翻訳:広本正都子さん)

    女川への旅――しなやかな回復力による地域再生
    ボブ・スティルガー

    2011年4月半ば、僕は女川へ行った。東北沿岸、人口1万人の町である。2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9の地震が沿岸沖で発生。40分後、高さ18m、時速160kmで突進する津波が襲った。その破壊と壊滅の情景は想像を絶するものだった。

    僕がこの入り江の写真を撮ったのは、津波の5週間後だ。僕たちは沿岸に到着するまで、瓦礫と破片で埋め尽くされた光景をずっと見続けた。打ちのめされる思いで。

     

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    2016年1月、僕は、ある日本企業の幹部向けリーダーシップ研修として3日間のラーニング・ジャーニーを率いた。2011年秋以来初めて女川を再訪したとき、目にした情景は違っていた。地方行政、市民、企業、日本政府が共に取り組み、新しい未来を創ってきたのだ。

     

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    商工会議所の青山さんは僕たちに、震災当時のことを語ってくれた。

     

    ・・・あの日の朝、一緒に朝ご飯を食べたのです。妻と子どもたちと一緒に。津波が来たときは職場にいました。建物最上部にある給水塔に上りました。水が胸のところまで来て、その夜は塔にしがみついていました。そして思ったのです。「朝、子どもたちとの別れ際、どうして抱き上げてあげなかったのか。抱きしめてあげなかったのか」

    波が来るたび、本当に寒くて、辛くてたまりませんでした。諦めてしまいたかった。でもまた子どもたちに会いたかったのです。死ぬのが怖いという感じではありませんでした。ただ、子どもたちにもっとしてあげたいことを思ったのです。

    私たちは誰も、自分だけが秀でていなくていいのだと津波から学びました。共に立ち上がることができさえすればいいのです。私は高卒で、英語も話せません。でも助けることができるのです。情熱を持っているなら、どんなことも乗り越えられるのです。

    人口1万3000人、私たちの美しい町は85%壊滅しました。言葉にできません。827人が亡くなり、257人が行方不明者の遺体が見つかりませんでした。私たちの学校の体育館は緊急避難所となり、私と家族は、他の2000人の人たちとそこで過ごしました。9ヶ月もの間そこにいた方々もいます。

    震災後1週間以内で、私たちは何から始めるかを話し始めました。誰が公務員で誰が会社員で、かつて何をしていたのかなんて分かりません。何かするために、共に動かなければならないのだというだけでした。

    商工会議所の不動産流通協会を形成するために、50人が集まりました。ほとんどが30~40代でした。長老の方々は、復興には20~30年かかるだろうと私たちに言いました。コミュニティが今必要としているリーダーシップとビジョンを示してくださるなら、私たちは協力します。地方自治体はもちろん助けてくれますが、すべてをこなせるわけではありません。市民が必要とされています。最も大切なのは人々が共に動くことであり、特に、若い人たちの活力が重要なのです。

    かつては、地方事業、大企業、政府、一般の人々の間に分断や断絶がありました。しかし、共に動かなければならなくなりました。「子どもたちに残せる町を」と皆が考え始めたのです。フューチャー・センターで絵を描きながら、望む町のビジョンとして見えてきたのは、自然と共にあること。きれいな水があること。食糧が保障されていること。子どもたち・高齢者・障がい者に優しいこと・・・

     

    厳しさは続いている。震災前に女川に住んでいた人たちの37%は町を離れた。5年近く経った現在でも、2003人が仮設住宅に住み、654人が様々な共同住宅で生活している。

     

    女川町役場公衆衛生担当の佐藤さんは、どれほどケアが必要とされてきて、そして今も必要であるかを話してくれた。

     

    命の危険にさらされた人たちだけでありません。すべての人たちに必要なのです。私たちは皆、震災のトラウマを抱えています。ある意味、特に男性にとって厳しいことでした。職務上の地位や立場を失って、避難所でお酒を飲むようになり、人生の目的もなくなってしまった人たちです。

    政府ができることには限界があるのですから、私たちは、市民が自分たちで行動を起こせる状況を創り出すことに力を入れました。例えば良い例は、誰もが自分のストーリーを聴いてもらうことを何よりも必要としていると気づいたことです。私たちは『傾聴ボランティア』の活動を始めて、人々の話に耳を傾けるために出かけていきました。

    公衆衛生のワーカーとして健康問題に注目することが多いのですが、本当に焦点を当てたいのは、生活の質(クォリティ・オブ・ライフ)です。周りの人たちとの関係性がクォリティ・オブ・ライフの基盤です。専門家やケア担当者は、ここにずっと居続けるわけではありません。必要なことは自分たちがしなければならないのです。物事が平常になってきたときに、この地域再生の精神をどう続けていけるかということです。

     

    コミュニティが共に立ち上がり始めて、瓦礫から「美」が姿を現し始めた。例えば、駅の向かいの商店街。通常、小さな町の商店街は単調なものが多い。実務重視の店構えや、夜にシャッターが閉まっているだけの光景など。女川の人たちはもっと違うものを求めた。

     

    そして彼らが創り出したものは、実に素晴らしい。向かいの駅へ呼びかけ、上の階には温泉も。「いらっしゃいませ。温泉へどうぞ。夕日を眺めながら、お店やレストランにいらしてください。」

     

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    2012年の初め、女川町の若い町長に初めて会った。彼が選出されてまもなくの頃だった。僕は東京で、被災地域の自治体首長7人と共に、企画フォーラムに参加していた。6人は70歳近くで、何を必要としているかについて話した。女川町町長の須田さんは、何を持っているか、そして、ゼロから新しいコミュニティを始める千年に一度のチャンスをどう捉えるかについて話したのだ。女川町の人たちがしてきたことは、まさにそれである。

     

    彼は今43歳で、宮城県議会議員を3年務めた後、2011年11月に女川町町長に選出された。友人だった前町長が彼に立候補を勧め、そのビジョンと洞察力が今必要とされていると伝えたのだ。確かに「すごい男だ」という印象を持つ。

     

    すぐに察知したのは、町の職員の数は少なく、何をするのでもすべての人と共に動かなければならないということです。そして最初から、『女川町で何をするとしても、持続可能で、効率的で、有用でなければならない』と言ってきました。

    私は町役場で、コンセンサス形成とコミュニケーションのために多くの時間を費やしました。政府は人々よりも上にいるのではありません。我々は皆、対等のパートナーです。市民一人ひとりが関わらなければなりません。町長になって4日後、女川の復興計画書を読みながら、何かが違うと感じました。前町長に話してみると、彼もどこか心配だと言うのです。そこで9人の人たちに集まってもらうと、それぞれが不安を感じていることが分かりました。

    何かもっと必要なことがあり、それは全員から出てこなければならないと感じていました。人々が関わりやすくなるように、80の情報グループに自ら参加しました。そこから特定の課題へのワーキング・グループが形成されます。政府の仕事は、ワーキング・グループが決めた特定事項から大きな枠組を決めていくことです。そしてその計画は全員のものになっていったのです。人々は懸命に働き、私たちは月に一度、作成中の計画に関するすべての情報を公開するようにしました。そして2012年1月には、市民によってまったく新しい計画が完成。普遍と思われてきたことも変更を実現しました。例えば、町の地形測量といったことです。

    町長になってまもなく、私には3つの役割があると気づきました。1つめは、私はただ、自分自身の希望と夢を持つ1人の市民であること。2つめは、私は政治家であって、その仕事は人々を集めて彼らの話を聴き、彼らが互いを聴くようサポートすること。3つめは、私は町長であり、その仕事は、市民がコミュニティで望むことを実現していく地方自治体を統治すること。・・・

     

    彼はその3つの役割において、素晴らしい仕事をしてきている。

     

    ラーニング・ジャーニーの3日間は、驚きに溢れていた。コミュニティが共に新しい未来を創るとき、どんなことが起こるのか、私たちは注目しなければならない。

     

    Bob-(C) Timothy Conner●筆者 ボブ・スティルガー Bob Stilger
    ニュー・ストーリーズ共同代表、社会変革ファシリテーター。1970年に早稲田大学に留学。アメリカで地域開発の仕事に従事した後、CIIS大学院にて博士号取得。2005~2009年ベルカナ研究所共同代表。地域や組織にイノベーションをもたらす対話の場づくりのプロとして、北米、南アフリカ、ジンバブエ、ブラジル、インドなどで活動。2011年の東日本大震災の発災後はたびたび来日し復興のための対話の場づくりに取り組んできた。著書『未来が見えなくなったとき、僕たちは何を語ればいいのだろう』(英治出版、2015年)。

     

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    「話す力」より、ずっと大切な「問いかける技術」――自分をあえて弱い立場においてみよう

    仕事でも、プライベートでも、相手の話をよく聞かずに自分ばかり喋っていたら、うまくいきませんよね。

    自分が話すだけでなく、相手に話してもらい、その声に耳を傾けるには、上手に「問いかける」ことが求められます。これは簡単なようで、意外に難しいことです。なぜでしょうか。

    社会学的な見方によると、「質問する側」は、「質問される側」よりも心理的に弱い立場に身を置くことになるのだそうです。質問とは、それに対する回答を「お願いする」ことだからかもしれません。

    たとえば、部下に質問することに(無意識的に)抵抗感を持つ上司は多いのではないでしょうか。プライドが邪魔をして、必要もないのに上から目線で、「あの案件はどうなってるんだ?」と問い詰めたりします。

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    ↑上から目線で問い詰めていないだろうか

    部下はそれだけで叱られた気になり、都合の悪いことを隠して「いま頑張ってやってるところです・・・」などとお茶をにごす。そして後日、深刻化したところで事態が明るみに・・・といったことも起こりかねません。

    質問する側(弱い立場)に立つことを受け入れ、相手に耳を傾ける態度で「あの案件で何か気になっていることはある?」と問いかけたなら、まったく別の展開になるのではないでしょうか。

    組織心理学の第一人者、エドガー・H・シャイン教授(マサチューセッツ工科大学名誉教授)によれば、良好な人間関係を築くカギは「謙虚に問いかけること」。「謙虚(humble)」とは、あえて自らを弱い立場におき、相手を立てる態度を意味します。

    謙虚に問いかけることができるかどうかで、相手との関係は大きく変わりますし、職場で良い人間関係が築かれているかどうかは、組織全体にしばしば大きな影響をもたらします。

    米国の数々の有名企業のコンサルティングをしてきたシャイン教授は、石油流出や飛行機墜落といった重大な事故の背景には、必ずと言っていいほど現場の従業員と上層部の間にコミュニケーションの問題があったと述べています。

    日々、人との関わりの中で仕事をしているビジネスパーソン、特にマネジャーやリーダーは、良い人間関係をつくることに意識的な努力をしなければなりません。

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    ↑エドガー・H・シャイン、マサチューセッツ工科大学名誉教授
    photo © Relational Coordination Research Collaborative

    では、良い人間関係のカギとされる「謙虚に問いかける」とは何でしょうか。シャイン教授は著書『問いかける技術――確かな人間関係と優れた組織をつくる』の中で、問いかけを以下の4種に区別して説明しています。

    • 診断的な問いかけ・・・相手の特定の事柄に焦点を絞って質問する。会話の主導権を自分が握り、しばしば相手の思考を妨げてしまう。「どんな気持ちで顧客にそのような対応をしたのですか?」
    • 対決的な問いかけ・・・質問する形を取りつつ、自分の考えを伝える。会話の主導権は自分が握り、自分の目的を遂げるためにする質問。「そんな対応のままで良いと思っているんですか?」
    • プロセス指向の問いかけ・・・会話の中身よりもプロセスに焦点をずらして質問する。行き詰まった状況を打開するのに有効。「どのような経緯でこれまでの対応がとられたのでしょうか?」
    • 謙虚な問いかけ・・・自分が知らないということを認め、できるだけ偏見を持たずに、相手が本当に気にかけていることを喋りやすくする。「今の状況について教えてくれますか?」「何が必要でしょうか?」

    もちろん、現実に仕事や生活のさまざまな場面で直面する「問いかけ」は多種多様で、この4種のうち複数の要素が絡み合うもの(対決的にプロセスについて質問する、など)もあり得るようですが、このような区別を頭の片隅に置いておくと、自分が「質問する側」に立ったとき、今よりも上手に問いかけることができるのではないでしょうか。

    普段、自分がよく喋る方だと感じられる方は、もっと人の話を聞くこと、そのために「謙虚に問いかける」ことを意識してみるといいかもしれません。

     

    参考:エドガー・H・シャイン著『問いかける技術――確かな人間関係と優れた組織をつくる』
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