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ここに、現実に起こった美しい奇跡の物語がある。 主役は、難民の少年たちのサッカーチームと、自身も移民である若き女性コーチ。舞台は、難民の流入にともなう劇的な変化に見舞われた、米国ジョージア州アトランタ郊外の小さな町だ。 ニューヨーク・タイムズ紙の記者であり、スポーツ関連の著書を持つウォーレン・セント・ジョンは、2006年夏シーズンの数カ月間、アトランタに一時居を移してこの難民サッカーチームの密着取材をおこなった。そして翌年一月、チームの現況を伝える特集記事を発表するや、タイムズ紙の読者をはじめ、多方面で大きな反響を呼ぶ。それから二年近くを費やし、さまざまな考察を加えてまとめあげられたのが本書『フージーズ』である。特殊な状況下にあるコミュニティを立体的にとらえたドキュメンタリーとしてもお読みいただけるが、その中心となるチームとコーチと町について、以下にご紹介したい。
《フージーズ》 故国での内戦や民族紛争や政治的弾圧などから逃れ、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の支援を得て豊かな国<Aメリカの見知らぬ町へやってきた難民たち。フージーズ(難民(レフジーズ)を略した名称)を構成するのは、そんな難民家庭の子弟である。9歳から17歳まで、年代別の三つのチームで活動するメンバーたちの出身地は、コンゴ、ブルンジ、スーダン、リベリア、アフガニスタン、イラク、ボスニア、コソボとさまざまだ。 生まれ育った国を追われての移住はだれにとってもつらいものだが、ことにティーンエイジャーは特別な試練に晒される。満足に教育を受けていない彼らは学校の授業についていけず、いじめられないようアメリカ人生徒のような服装やふるまいをしようものなら、自国の文化を捨てたと親から責められる。どこにも居場所を見つけられない少年たちに、「属したい」という若者の願望につけ入ろうとするストリートギャングの誘惑が忍び寄る。 アメリカでサッカーといえば、裕福な家庭の子息が会費の高いクラブに所属してプレーするスポーツ(でなければ、移民が町なかの空き地で楽しむラフなゲーム)だが、フージーズの選手たちは高価な道具とも、ファミリーカーでの送り迎えとも無縁だ。メンバーは、肌の色も母国語も一様でないけれど、過去の恐ろしい経験に根ざす心の傷や、幼いころから親しんできたサッカーへの情熱を共有している。人種や文化の壁を越えたその固い結びつきは、恵まれた環境で練習を積んだ強豪チームをも打ち負かす力を生み出す。 著者は、選手たちと交流するなかで見聞きした、ときに考えさせられ、ときに心温まるエピソードを数多く盛りこみ、メンバー一人ひとりの個性と心情をみごとに描き出している。さらに、個々の家族が語る悲痛な体験談からは、非道な権力者たちの罪深さや、愚かな争いを繰り返す世界が垣間見える。
《ルーマ》 フージーズのコーチをつとめるルーマ・マフラは、頑固で気丈な面と繊細さを併せ持つ、ヨルダン出身の31歳だ。首都アンマンの上流家庭に育ち、自由な生き方に憧れてアメリカの有名女子大に進んだ彼女は、卒業後も故国へはもどらないことを決断し、激怒した父親から勘当されてしまう。ルーマは21歳にして、異国でただひとり、自活の道を歩きはじめた。 1999年、ルーマはアトランタ東部の町ディケーターへ移り住む。カフェの経営に乗り出したものの商況が振るわず、気晴らしにドライブをしたある日、近隣の町クラークストンの団地の駐車場でサッカーをしている難民の少年の一団に遭遇する。以来、何度かゲームに加わって少年たちと打ち解けたルーマは、彼らの置かれている現状を知り、なんとか力になりたいと考えるようになった。そして、難民の少年たちに熱中できるものを与え、ハイスクールを無事卒業させるべく、無料のサッカープログラム(前半はサッカー練習、後半は補習や宿題指導にあてる)を始動することを思い立つ。 その単純な計画は、予想もしていなかった多くの難題に突き当たることになる。難しい年ごろの、共通点に乏しい少年たちをチームとしてまとめるのは容易でなく、自立心を育てるために定めた厳しいルールに反発するメンバーも続出した。また、サッカーが望まない変化の象徴と見なされているその町で、中東出身者であるルーマ自身もしばしば蔑視を受けながら、チームの練習場所を求めて奔走しなくてはならなかった。 けれども、サッカーコーチとしての役割を超えて献身するルーマの信念は、着実に少年たちの意識を変えていき、親たちにも大きな安心をもたらす。完璧であろうとせず、自分のできることに精いっぱい取り組むその姿は、読む者に希望と感銘を与える。
《クラークストン》 ジョージア州クラークストンは、アトランタの13マイルほど東に位置する、人口7200人、面積一平方マイル余りの町である。アトランタ周辺の小さな町が次々と併合されていくあいだにも、かろうじて市としての独立を維持してきた。 1980年代の終わりに、難民の再定住を支援する機関が、新来者の受け入れ地としてクラークストンに目をつけた。町には家賃の安い集合住宅があり余っていて、公共交通機関も整備されており、単純労働者の働き口が豊富なアトランタ市街への通勤圏内にあったからだ。最初のインドシナ難民が到着したときには、住民たちもほとんど気づかないくらいだったが、その後続々と、バルカン諸国やアフリカや中東からの難民が流れこんできた。保守的な南部の町の様相は、わずか10年ほどのあいだに、脅威を感じさせるほどに激変した。いまやハイスクールの生徒らの出身国は五十カ国を下らず、モスクの金曜礼拝には800人以上の信者が集まる。ショッピングセンターにはエスニック料理店や豚肉を扱わない精肉店が立ち並び、黒衣とベールをまとったイスラム女性や、色鮮やかな民族衣装を着たアフリカの女たちが通りを行き交う。 古くからの住民の多くは町を去っていった。残った者たちも、なんの相談もなく再定住が進められ、生活環境が変わってしまったことに憤慨し、難民を敵視するようになった。フージーズが活動を開始したのは、住民らの不満がピークに達したころだ。在来住民からの批判を恐れた市長は、サッカー目的での市民グラウンドの使用を禁止した。 本書には、町の異変に動揺する住民たちの様子が、社会学に照らした解説も交えて詳細に記されている。難民との見えない壁を乗り越え、建設的共存をなしとげたいくつかの実例は特に興味深い。
2009年の暮れ、UNHCR駐日事務所による実態調査の結果がニュースで伝えられた。わが国が1978年から受け入れてきたインドシナ難民たちが、日本語教育が不十分であったために、現在厳しい生活を強いられているという。難民定住者の数がまだ少ない日本でもこうした問題が生じつつあるいま、多くの人に知っていただきたい難民の真実=\―再定住に際してどんな手続きを踏むのか、移住後はどんな問題に直面するのか、目的を持って新天地にやってきた移民とはどんな差異があるのか――が、本書には詰まっている。 美談を綴るにとどめず、難民の現状を真摯に伝えようとした著者の思いが、日本の読者のみなさまの胸にもどうか届きますように。
2010年1月 |
CONTENTS
はじめに 第一部 変化 1 ルーマ 2 ベアトリスと息子たち 3 小さな町……大きな心 4 南部でただひとり 5 フージーズ誕生 6 ポーラ 7 コーチのことばは絶対 8 ここはアメリカ 9 締出し 第二部 新しい季節 10 フージーズの一員になりたい! 11 自分で解決すべし 12 崩壊 13 どうやってやりなおせばいい? 14 アレックス、ビアン、イーヴェイ 15 再挑戦 16 U-15の奮闘 17 ゴー、フージーズ! 18 銃声 19 克服 20 サッカー・ピープル 21 芝でプレーする 第三部 ひとめぐり 22 王さまはだれだ? 23 ブルー・スプリングズとの対決 24 決別 25 抜け殻 26 ディコリ一家 27 あなたはここで何をしているの? 28 ハロウィーン 29 U-15最後の試合 30 わたしのルール、わたしのやり方 31 トルネード・カップ エピローグ
『フージーズ』と似たテーマの英治出版の本
『誰が世界を変えるのか』:すべては一人の一歩から始まる! 犯罪を激減させた“ボストンの奇跡”、HIV/AIDSとの闘い、共感教育、失業・貧困対策……それぞれの夢の軌跡から、コミュニティを、ビジネスを、世界を変える方法が見えてくる。 『いつか、すべての子供たちに』:21歳の女子大学生が始めた教育改革ムーブメント! 若者を貧困地域の学校に派遣し大きな成果を上げている巨大な非営利組織「ティーチ・フォー・アメリカ」。その立ち上げから拡大までを描いた、波乱万丈の青春ストーリー。 『シンクロニシティ』:「リーダーになりたかったわけじゃない。ただ、夢の実現を強く望んだだけだ」。哲学者、科学者、経営者など多くの人と出会いながら生き方を探求する旅。心から望む夢に一歩踏み出すとき、「奇跡」は起こり始める。 『あなたには夢がある』:「美しいものが人間を変える」。自らもスラム街の貧しい家庭に生まれ育ち、大勢の貧しい人々や荒んだ少年少女を「芸術」を通じて救い続ける社会起業家ビル・ストリックランドの自伝。 『チョコレートの真実』:世界で最も愛されるお菓子・チョコレート。その甘さの裏には、苦い真実がある。カカオ生産現場で横行する児童労働の実態や、企業・政府の腐敗など、今なお続く「哀しみの歴史」を描いたノンフィクション。 『人を助けるとはどういうことか』:「どうしたら、あの人の役に立てるだろう?」 組織心理学のグルがたどり着いた究極の命題。あたりまえすぎて見過ごされていた「協力関係」の原理・原則を、日常的な事例に紐づけ、わかりやすく読み解く。 『国をつくるという仕事』:貧困解消をめざして闘いつづけた23年間。元世界銀行副総裁・西水美恵子氏が、農村の貧民から将軍や国王に至るまで、「国づくり」の現場で出会ったリーダーたちの姿を情感込めて綴った回想記。 |
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