小笠原

 

歴史戸文化の交差点、小笠原諸島

江戸時代に幕府に発見されて以来、様々な歴史と文化を交錯してきた小笠原諸島。東京から船に26時間ゆられてようやく到着する「東京都」だ。
1830年、欧州やアメリカ大陸の人びとがポリニシア出身の人びとを伴って、父島の土を踏んだ。「瀬堀」という名前は、移住してきたひとり、ナサニエル・セーボレーの子孫にあたる。


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都会的な僻地−小笠原諸島

 

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大平レーンス

息子と海岸を散歩して夕陽を見る。
波の音が聞こえて、最高の気分だよ。

小笠原諸島が日本に返還されたあと、お金を貯め、アメリカで陸軍に入隊し、ドイツに駐留する。除隊後はアメリカ国籍を取得し、エンジニアとなる。仕事は順調で、両親を呼び永住するつもりだったが、両親のことや、島の自由さを考え、故郷へ。
いまは、バー「ヤンキータウン」のオーナーだ。
ロランド


 

大平京子

この島に郵便を出すのは簡単よ。
小笠原島と名前だけ書けば届くんだから。

本名イーディス・ワシントン。古くからの友人は京子さんを今でも「イーデ」と呼んでいる。初めて小笠原に住み着いたアメリカ人のひとり、ナサニエル・セーボレーの曾孫にあたる。島の生き字引的存在。