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『パワー・ハングリー』訳者解説[印刷用PDF
エネルギー問題における理想と現実の狭間で(1)
古舘恒介プロフィール

21世紀の人類が直面している最大の課題は、地球温暖化への対処という難題を抱え込むことになったエネルギー問題と、人口の爆発的増加が引き起こした水および食糧不足の問題だとする人は多い。しかし究極的には、人類最大の課題はエネルギー問題に集約されるといってよいのではないか。現在の69億の人口を養っているのは、莫大なエネルギーを投入することで得られた水と食糧であるからだ。

そもそも水および食糧不足の発生が懸念されるようになった人口の爆発的増加は、人類がエネルギー使用量を加速度的に増大させた結果の産物であって、原因ではない。そのことはマルサスの罠と呼ばれる人口の抑制効果が産業革命以降働かなくなったことに明らかである。最近では、3月11日に発生した東日本大震災が図らずも炙り出した原子力発電をめぐる古くて新しい議論、そして経済活動と日々の生活への電力不足の影響をめぐる様々な議論が、エネルギー問題の複雑さと社会への影響の大きさを、改めて広く世間に知らしめることにもなっている。

エネルギー問題は、なぜここまで大きく、そして複雑になってしまったのか。このことについて突き詰めて考えていけば、それは、(1)現在のわれわれが置かれた状況は、連綿と紡ぎあげられてきた輝かしい人類史の蓄積によるものであり、それを否定することは自らの存在と享受している環境そのものの否定につながりかねないこと、そして(2)その歴史の延長としてわれわれ一人ひとりが背負っている未来の人類に対する責任の重さ、から来ていることに気がつく。エネルギー問題を考えるということは、つまるところ、これまでの人間の営みを振り返り、これからの人類の有り様を考えることなのである。

したがって、問題解決の鍵は、何よりも問題を生んだ張本人である人間の思考回路と行動様式そのものの中にあるといってよい。理想や希望を語ることは簡単であるだけでなく、多くの場合魅力的に映るものだが、具体的に変革を起こす上では、それだけでは不十分だ。なぜなら、これまでの歴史が証明しているように、実利と理想のバランスの中で、人間の行動は選択されているからである。

数あるエネルギー問題を取り扱った書籍の中で、米国のジャーナリスト、ロバート・ブライスによる本書『パワー・ハングリー』が際立っているのは、実利と理想の狭間で揺れ動く人間の性質を真正面から受け止め、人間の行動様式に対して過度な期待を抱かずに、徹底して現実的で実現可能なアプローチを探求していることにある。その点は、本書のタイトルに端的に示されているように、経済的な豊かさを求め、より多くのエネルギーを渇望する人間の性をあっさりと肯定しているところに顕著だ。

その上でブライスは、イデオロギーや理想論に引き寄せられがちな人間の性に対しては、パワー密度とエネルギー密度に代表される物理データと、多くの統計データによって表される冷徹な現実の姿を丹念に示していくことで抵抗する。こうして、人間の性格を鑑みながら、現実的で実現可能な選択肢として、短期的には天然ガス、長期的には原子力がエネルギー源の主役となるべきとする結論へと読者を導いてゆくのである。

トーマス・フリードマン著『グリーン革命』との対比

等身大の人間を受け入れ、徹底して現実的な解決策を志向する本書の特徴は、人類の英知への絶対的な信頼をベースに、理想的なエネルギー問題の解決策を志向したトーマス・フリードマンの『グリーン革命〔増補改訂版〕』(上下、伏見威蕃訳、日本経済新聞出版社、2010年)と比較するとよりわかりやすい。

フリードマンとブライスは、ともに米国のジャーナリストである。彼らはジャーナリストらしい客観的な視点を保ちながら、膨大な資料に基づき、示唆に富む分析を行い、エネルギー消費大国である米国が今後進むべき道について、それぞれ説得力ある処方箋を提示している。しかし、再生可能エネルギーの普及を絶対視するフリードマンに対し、ブライスは天然ガスと原子力を重視し再生可能エネルギーは補助的な選択肢に留まるとしているように、その結論は大きく異なる。エネルギー問題の議論は、こうした正反対とも言える結論がいとも簡単に導き出されることが多く、それがまたこの問題の本質を見えにくくしているのが実態だ。

このような差異の背景には、人間の行動様式の大きな決定要因である「正義」の定義がエネルギー問題に関しては常に揺らいでいること、そしてその結果、誰もが傷つかない理想的な解決策として、技術革新に過度な期待が寄せられるという構図がある。この構図を理解することは極めて重要なことであるので、両著の主張を対比しながら以下考えていこう。

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    書籍情報

    著者:ロバート・ブライス
    訳者:古舘恒介
    四六判ハードカバー
    432ページ
    本体2,200円+税
    2011年7月21日発売
    ISBN978-4-86276-112-5


    エネルギー問題をじっくり考えるための15冊
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    石油ピークが来た――崩壊を回避する「日本のプランB」
    エントロピーと秩序――熱力学第二法則への招待
    ゾウの時間ネズミの時間――サイズの生物学
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    森と文明
    日本人はどのように森をつくってきたのか
    国際政治とは何か――地球社会における人間と秩序
    21世紀の歴史――未来の人類から見た世界
    これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
    グリーン革命[増補改訂版](上・下)
    新エネ幻想――実現可能な低炭素社会への道
    エネルギーの未来(ビジネスの未来①)
    エネルギー白書2010
    Energy Myths and Realities: Bringing science to the energy policy debate
    (おまけ)信ずることと考えること――講義・質疑応答