produced by: 英治出版 
『パワー・ハングリー』日本語版 訳者まえがき(抜粋)
エネルギー問題を「現実的」に考える

読者の皆さんは、エネルギーとパワーの違いを説明せよと言われたら、どのように答えるでしょうか。エネルギー密度とパワー密度の区別はどうでしょう。頭を抱えてしまった人も、心配は無用です。これらの問いへの答えは、すべて本書のなかにあります。そして本書をお読みいただければ、エネルギー問題を考えるにあたって、これらの言葉を正しく理解し使い分けることがいかに重要であるかについても、ご納得いただけることでしょう。

地球温暖化問題が広く世間に知られるようになったことを一つのきっかけとして、いま、巷には、エネルギー問題をめぐる議論や情報が、文字通りあふれています。悲観と楽観、あるいは無視が複雑に交錯しながら、地球温暖化の真偽とその影響についての議論はいまだにくすぶり続けていますし、「エコ」や「グリーン」という言葉も氾濫し、何が本当にエコでグリーンなのか、わかりにくくなってしまいました。また、次世代を担うとされる再生可能エネルギーの話題は、太陽光、風力、バイオマスなどすでにある程度身近になっているものから、波力や海洋温度差、果ては宇宙空間で太陽光発電を行いマイクロ波で地上へ送るという壮大な計画に至るまで、枚挙に暇がありません。しかし、そのどれ一つとして、現時点で決定打となりうるだけの技術的革新を実現できておらず、本当に普及するのか疑問視している人も少なくないでしょう。

このように、エネルギー問題に関する身の回りの情報量が加速度的に増えているにもかかわらず、私たちが感じる将来への漠然とした不安はいっこうに減っていないのではないでしょうか。見聞きする理想的な「解決策」に、なかなか現実的な見通しを感じられないことも、その一因かもしれません。

米国のエネルギー・ジャーナリスト、ロバート・ブライスによって書かれた本書『パワー・ハングリー』は、こうした現状に一石を投じる本です。著者のブライス本人が、まさしく上記の問題意識のもとでエネルギー問題に関する取材・研究を行い、その成果をまとめたのが本書だからです。

本書の最大の特徴は、徹底して現実的な目線でもってエネルギー問題に正対しているところにあります。これには三つのポイントが挙げられます。

まずブライスは、経済的繁栄を求める人間の欲求に対してきわめて正直です。誰もが持つ経済的な豊かさや利便性への欲求を否定せず、その存在を踏まえた議論を展開しています。

また、実際に社会を動かす力としてのビジネスの視点にも敏感です。米国におけるエネルギー政策が利益やコストを意識した現実的な議論から乖離し、政治的な補助金獲得競争を誘発してしまっている事実は、ビジネスの視点をもつことの重要性を物語っています。 そして最後に、イデオロギー的な議論に惑わされることなく、物理学の法則と豊富なデータが示す冷徹な現実を直視する姿勢を、ブライスは一貫して保っています。

こうして徹底して現実的な姿勢が貫かれたことで、ブライスが四つの原則と呼ぶ、「パワー密度」「エネルギー密度」「コスト」「規模」を軸とした各エネルギー源の公平な分析が可能になり、再生可能エネルギーのもつ物理的課題を、平易に、かつ説得力をもって伝えることができています。

ブライスの結論を一言で表現するならば、「密度は環境にやさしい」ということになります。この結論は、巷に流布する言説をそのまま鵜呑みにはしないという彼のジャーナリストとしての矜持だけでなく、文系人間を自認する彼が、自らが理解できるようになるまで数字と格闘し続けた結果得られたもので、実にエネルギーの本質を突いた鋭い指摘だといえます。そのうえで、短期的には天然ガス、長期的には原子力をエネルギー源の柱とすることが、現実的で、かつ環境にもやさしいエネルギー政策であるという主張が展開されています。

もっとも、本書は米国人の読者を想定して書かれたものであり、最後に記されている米国のエネルギー政策への提言は、無条件に日本にも適用できるわけではないでしょう。たとえば、ブライスが天然ガス推進論を掲げる根拠の一つであるシェールガスは、米国では豊富にありますが、日本には残念ながらほとんど埋蔵されていないのが実態です。しかしそれでも、エネルギー消費大国である米国においてエネルギー問題がどう論じられ、政策がどう立案されているのかを知ることは、日本人であるわれわれにとっても有益です。たとえば、大統領選におけるアイオワ州の特殊な立場や、米国議会の大半を法律家が占めていることがエネルギー政策に及ぼす影響についての指摘など、世界のエネルギー動向に大きな影響を与える米国の動きを理解する手掛かりが数多く記されています。

米国のジャーナリストが米国人向けに書いたエネルギー問題の指南書としては、トーマス・フリードマンの『グリーン革命』が有名ですが、本書も併せてお読みいただければ、議論の動向を多面的に捉えるうえで役立つでしょう。エネルギー問題の理想的な解決策を志向したフリードマンと、現実的な解決策を志向したブライスの主張を比較すると、この問題をめぐる議論のもつ根源的な問いを、比較的容易に浮かび上がらせることもできます。この点に関する私なりの一考察は巻末に「解説」として載せました。読者の皆さんがエネルギー問題についてそれぞれの考え方を深められていく助けとなれば、訳者としてそれに勝る喜びはありません。

ところで、本書の翻訳作業が佳境に差し掛かっていたころ、東日本大震災が起こりました。福島第一原発の事故により原子力発電への懸念が強まり、日本だけでなく世界中で、エネルギー政策をめぐる議論が沸騰しています。今回の事故によって「脱原発」を志向する声が世界的に強くなることは自然でしょう。地球温暖化対策の鍵を握ると思われていた原子力発電のつまずきは、エネルギー問題の解決を、これまで以上に複雑で難しいものにするに違いありません。そして、エネルギー問題をめぐる情報は、玉石混淆の形で、今後ますます氾濫することになるでしょう。

エネルギー問題の解決に、特効薬はありません。おそらくエネルギー政策が大きな転機を迎えている今、イデオロギー的な論争にとらわれたり、安易な楽観や過剰な悲観に陥ったりしないことが何よりも重要です。本書は、長期的なエネルギー問題の解決策として原子力の必要性を主張しています。なぜそれが現実的な解決策として導かれるのか、他方で原子力を用いないとすればどのような道がありうるか、現在われわれが直面している問題を踏まえて、それぞれに考えをめぐらせていただければと思います。(以下、謝辞等を割愛)

2011年6月 古舘恒介プロフィール
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    書籍情報

    著者:ロバート・ブライス
    訳者:古舘恒介
    四六判ハードカバー
    432ページ
    本体2,200円+税
    2011年7月21日発売
    ISBN978-4-86276-112-5


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